小川美潮とチャクラ

チャクラ

チャクラを聞いていたのは、高校のとき。デビュー曲の「福の種」でその存在を知ったのだが、当時はニューウエイブ・テクノポップのブーム真っ只中で、ジューシーフルーツの「ジェニーはご機嫌ななめ」が大ヒットしている最中だったと記憶している。

ボーカルの小川美潮のこぶしの利いた歌とオリエンタルなバンドイメージが、当時のバンドの中では異質にうつったが、曲もおもしろいし、演奏もうまいし、「福の種」「マヌカン」の入ったこのアルバムは今聴いても極上の時間を授けてくれる一枚である。

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高橋不二人率いるデビルの話(5)

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デビルねたを久しぶりに・・・。初期デビル時代、ライブのみで発表された幻の曲?の存在をふと思い出した。

当時のファンクラブの会報にのっていたが、熱烈な男性ファンがデビルのライブに向かう途中、バイク事故で命を落とし、その青年のために追悼コンサートを開催したというニュースが掲載されていた。

その青年のために創られた追悼曲のタイトルは「ラスト・シーン」。追悼コンサートに行かなければ、聴けない曲だったので当時、曲も詩もなにもわからないままだ。

結局、「ラスト・シーン」というタイトルでの曲はレコード化されなかったのだが、できれば聴きたかったなと思う。

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キャロル

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キャロルも青春時代にはまったバンドのひとつ。メンバーは矢沢永吉(ベース)、ジョニー大倉(ギター)、内海利勝(ギター)、ユウ岡崎(ドラム)の4人組で、リーダーの永ちゃんはこれが音楽デビューとなる。

中学の頃にキャロルを知ったのだが、本気ではまったのは永ちゃんの本「成り上がり」が出た頃なので後追いでキャロルのレコードを試聴して興奮し、レコードを買いあさった。当時、永ちゃんは「時間よ止まれ」の大ヒットと年間長者番付1位ということで、カリスマ的な存在となっていた。

キャロルは、革ジャンにリーゼントといったスタイルもインパクトがあったが、何よりキャロルのオリジナル曲、とりわけ永ちゃんの作るキャッチーなメロディに驚いたのである。それにジョニー大倉の作る英語まじりの歌詞が見事にマッチしていてどこをとってもロックンロールしていた。
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ライブ!村八分

村八分

村八分をムショウに聴きたくなるときがあって、そんなとき取り出すのがこの「ライブ!村八分」。

これはデビュー作であり、当時の唯一のオリジナルアルバム(後発の編集モノを除く)で、ビニール盤は2枚組だったと記憶している。

この写真のCDは1枚で収まって、さらにボーナストラックで「ごみ箱のふた」が収録されている。こちらは未発表曲のスタジオレコーディングで、ヴォーカルのチャー坊の創る独特な歌詞が面白い。

村八分をはじめて聴いたのは17歳の頃で、レンタルレコードでこのアルバムを見つけたのが最初。すでに解散して伝説となっていたので、本アルバムを見つけたときは、とてもうれしかったことを憶えている。

「村八分」というバンド名は、クールだなあと思っていたし、ストーンズのようにヴォーカル(チャー坊)とギタリスト(山口富士夫)がフロントにいるというだけで、わくわくしたものであった。
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加藤和彦とサディステックミカバンド

ミカバンド

加藤和彦氏は、大好きなコンポーザーの一人だ。特にミカバンド時代の氏の作品は大好きで、ファーストアルバムはこの10年、我が家のへヴィローテンションであった。訃報から2ヶ月以上たつが、残念に思うばかりある。

最初に聞いた加藤作品はフォークルの「帰ってきたヨッパライ」で、保育園くらいのころだったと思うが大流行した。あのテープの早回の声と、天国に召されたヨッパライといったテーマが奇妙で大うけだった。

私も「天国よいとこ一度はおいで。酒は美味いし姉ちゃんはきれいだ!ッファ〜ッファ〜ッファッファ〜・・・」とよく口ずさんでいたことは憶えている。

ただ、子供だったので歌っているアーチストに興味を覚えることはなかったが、その後、ミカバンドの「影絵小屋」をラジオできいて、なんともグラマラスな響きを感じ、はまっていったのである。

何がいいのかというと、加藤氏の音楽センスといえばそのとおりだが、曲づくりの背景にある加藤氏の遊びココロが、とても心地よいのだ。ミカバンド時代はほとんど神がかりといっても過言ではなく、フォークル時代からのブレインである、松山猛氏とのコラボレーションは最高である。

だいたい、ミカバンドのメンバーである、高中正義、つのだひろ、高橋幸宏、小原礼、後藤次利、今井裕といったスーパーミュージシャンたちをまとめる?ことができる人が他にいるだろうか?


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頭脳警察の1・2枚目

頭脳警察

我が家にある「頭脳警察」の1枚目・2枚目のアルバムだ。リリースされた70年代初頭では、「頭脳警察」の音楽は過激ということで即発売禁止(レコ倫)となっていて、その後、時代の移り変わりの中で、当たり前に再発売となった作品である。

この1枚目と2枚目の曲は1部重なっている。というのも1枚目の発売禁止を受けて制作されたのが2枚目で、1枚目はアコギとコンガによるライブ盤、2枚目はバンド編成でのぞんだスタジオレコーディングだった。もちろん、こちらも発売禁止となっている。

「頭脳警察」がデビューした時代は70年の大学紛争の頃で、持ち歌である「世界革命戦争宣言」「銃をとれ」といったアジテーションナンバーは今聴いても迫力がある。1枚目はライブというより政治集会、弁論集会のような雰囲気もあり、アコギとコンガという二人編成ながら、完全にロックしているのが素晴らしい。
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桑名正博とファニーカンパニー

ファニカン

桑名正博率いるファニーカンパニーの2枚。写真はボーナストラック付きで再発されたCDで、これと同じレコードも持っている。

ファニーカンパニーのオリジナルアルバムはこの2枚しかないが、どちらも好きなアルバムで、今でもよく聴いている。

最初に聴いたのは、ラジオでかかったデビュー曲の「スィートホーム大阪」で、大阪弁でのロックというインパクトと歌のうまさにまいってしまったことを憶えている。

当時、矢沢永吉氏率いるキャロルと比較されたバンドでもあるが、ファニーカンパニーの方がもっとハードで、自由奔放なブルースロックという感じで、大阪らしい雰囲気がよくマッチしていたと思う。

後年、ソロに転向し、「セクシャルバイオレット」が大ヒット中の桑名氏のコンサートに行って、アンコールの際に、前列で「スィートホーム大阪」と何度も叫んだという記憶もある。

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高橋不二人率いるデビルの話(4)

赤い暴行主題歌
今日は彼らの出演映画 にっかつの「赤い暴行」について、お話したい。

「赤い暴行」は成人向映画いわゆるポルノ映画だったのだが、そういうシーンもある青春映画という感じだった。


役は売れないバンドマンに扮する彼らが、自分たちの音楽が認められない葛藤やファンである女性との出逢い、死を通じて、成長していくといった物語である。


この映画でポルノ女優としてデビューした沙希めぐみさんと高橋不二人氏が主役で、もちろん、デビルのバンド演奏やスタジオライブを記録した映画として、DVDで再発を期待したいところである。

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高橋不二人率いるデビルの話(3)

seasidehotel.jpgデビルが出演したTV番組で、唯一見たのがNHKの日曜夕方の歌番組『レッツゴーヤング』。

アイドル歌手の多い出演者の中にあって、あきらかにデビルは浮いていた(笑)。


曲は彼らの2枚目のシングル「シーサイド・ホテル」で、とてもきれいなメロディのバラッドであるこの曲を、レコードとは少し違ったアレンジで演奏していた。デビルのメンバー+サポートのキーボードを弾く外人だったと思う。


甲斐バンド好きの友人が、この「シーサイド・ホテル」はいいといっていたので、けっこう万人にアピールするのではと期待していたが、チャートに入ることもなかった。


この曲「シーサイド・ホテル」はバンドとして、ブレイクをするための勝負曲であったと思うので、結果は残念であった。とはいえ、なかなかの佳曲であると今も思っている。これも歌詞を掲載してみたい。


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高橋不二人率いるデビルの話(2)

devils2.jpg78年に「BYE-BYE」でデビューした高橋不二人率いるデビル。

彼らのオリジナル曲の作詞を担当したのが、ギター・ボーカル担当の相良光紀氏だ。



デビルの詩はバッドボーイズの世界で、相良光紀氏の書く詩はセンスがよかったと思う。

当時のファンクラブの会報に他のメンバーから、相良の書く詩が好きだというコメントが寄せられていたが、はっぴいえんど好きの友人もデビルの「DRデビルPART1〜ショック療法」という作品の歌詞カードを読んで、うまいといっていた記憶がある。


ちなみにデビル名義でリリースされたオリジナル曲は少ない。これまた記憶では、シングルが3枚、アルバムが1枚の全14曲ではないだろうか?


あとにっかつ映画「赤い暴行」に出演した際に、バンドマンの役としてスクリーン内で数曲演奏しているが、ここからは2曲のみレコードとして発表されたきりで、レコーディングされていない曲もある。


ということで、いまでも歌える(笑)DIRTY・CITYの歌詞を書いてみようと思う。ロックなので歌詞だけ読んでもいかがなものと思えるが、曲も含めてわたくし的に大事な青春の1曲である。
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